子供の頃は加工場で…

こんにちは!
小豆沢生まれ、小豆沢育ち諏訪建設代表の
諏訪憲一(のりかず)です。

さて、私にはいま小学生の息子がいるのですが、3歳半のころから作業場(材木を切ったり加工するところ)に連れて行っています。

もちろん、刃のついた道具は危ないので息子の手の届かないところに置いているのですが、私が作業をしていると、どこからともなく、関係ない道具を持ってきては、「お父さんのお手伝いをする」と言ってくれます。

ちなみに、私自身もこどものころは、同じように道具で遊んでいました。加工場で祖父とか父のマネをしたくて、職人さんの道具を勝手に出してきては、それで遊んでいました。ししかも、使い方がわからないので、のりかず少年は、のこぎりでひたすら材木を叩き、何度も刃をダメにして怒られていました…(汗)。

そんな私に見かねてか、小学校に入る頃、祖父の使い古しの道具が与えられ、私はそれで遊んでいました。

あれから私もだいぶ大人になり、当時、さんざんダメにしてしまった道具も、いまではとても大切に扱っています。

特にカンナなんかは、(その仕上がり(つるつる感)がまったく違うので、)替刃は使わず修理をしながら、自分の手で刃を研ぎながら三代使い続けています。また、それらの道具を入れる箱も、よく時代劇で大工さんが担いでいる昔ながらの木箱を大切に使っています。道具を粗末に扱えば、それは、目に見える形で表れますので、私は大切にしているのです。

最後に余談になりますが、私が子供の頃遊んでいた加工場は、以前住んでいた家に併設されていました。そして、加工場で材木を加工する過程で、はしっこが10cm角くらいが余るのですが、諏訪家ではそれを薪として利用していました。

実は、私が中学2年生のころまで、我が家のお風呂は五右衛門風呂だったのです。もちろんシャワーもありませんでしたが、これが普通だと、子供の頃は思っていました(汗)。(今はもうありません。)


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