諏訪建設の諏訪憲一(のりかず)です!

こんにちは!
小豆沢生まれ、小豆沢育ち諏訪建設代表の
諏訪憲一(のりかず)です。

会社はもう80年になりますが、
私が3代目の代表になったのは平成20年です。

私自身、いまでも現場に出ていることが多く、
なかなかお客様とお会いできておりませんので、
私のことをより身近に感じて頂きたく、コラムを掲載することになりました。
よろしくお願い致します。

今回は、私の簡単な経歴と、家づくり対して代々大切にしている“想い”についてです。まず、私の簡単な経歴です。

私は、祖父の代から家づくりをしている諏訪家に産まれました。
志村第二小、志村第二中を卒業し、17のときから昼間は現場、夜に学校。
そんな生活をしていました。

高校卒業後、現場に入りながら、建築を学びに2年間夜は専門学校に行ってました。そして、平成20年10月1日、37歳で三代目の代表になりました。

次に、家づくりについて、代々大切にしてきたことですが、とにかく「丈夫な家をつくる」ということです。

いまでも覚えているのが、私が現場に入りたてのころ、父から「材木屋さんに行って何をもらってこい」と言われ、それをもらってきたのですが、「こんなの使えないからもう一回行って取り替えてこい!」と言われたのです。同じ木でも質のいい木を使うと口すっぱく言われていました。

そして、再度、材木屋さんに行き、立ててある材木を全てひっくり返し、(材木屋さんはイヤだったでしょうが…)質のいい木を持って戻ったなんてことがありました。その影響か、材木屋さんがもって来てくれるときは、「いいの持ってきたから。」と配慮してくださってます(笑)

また、代々いっしょにやらせて頂いている設計屋さんがまた、丈夫な構造にこだわっているのです。前に代表だった方が、以前勤めていたところが、日本で昔、構造の神様と言われた人がいたところだったらしく、それを受け継いでか、他より鉄筋の数が多かったり、他が安易にするような(価格を下げるために鉄筋の数を減らすとかの)妥協を、一切しないのです。

そのようにして、代々丈夫な家づくりをさせて頂き、先日、こんなことがありました。あの3・11の震災直後、うちで建てさせて頂いたお客様を一軒一軒まわらせて頂いたのですが、あるお客様(長いお付き合いの私より一回りぐらい上の方)に、「何か問題ないですか?大丈夫ですか?」とたずねたところ、「うちは、どこで建てたんだと思ってんだよ」と言って頂けたのです。

私の父が建てさせて頂いたもので、
本当に嬉しく思いました。これからも、代々受け継いできた「丈夫な家をつくる」ということを大切に、しっかりやっていきたいと思っています。


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